曇天パッチ

『殴る、斬る、撃つ』 暴力エンターテイメント好きの視点

『世界にひとつのプレイブック』 『フライト』

『世界にひとつのプレイブック』予告編1
映画『フライト』予告編

 

現在公開中のラインナップを眺めていると、毎回どれを観ようか悩んでしまう。映画館へふらっと立ち寄り、スケジュール一覧の中から直感で観たい一本選ぶ。これだけで、2時間満足できる程度には面白い映画に出会える。

シネコンのラインナップがここまで充実することなど滅多にない。少なくとも2012年は無かったと記憶している。そんな中『世界にひとつのプレイブック』と『フライト』という、今年のトレンドを体現したような映画が同時に公開されているので、言及しておきたい。

 

心を病んだ主人公(TV番組風に言うと「心に傷を負った」)の再生を描いているという共通点はあるものの、見終わった後にこの二作品から受ける印象は正反対のものだ。

『世界にひとつのプレイブック』はブラッドレイ・クーパー演じる主人公の再生を、観客に不快感を与えないように注意を払いながら、カメラが役者に寄り添うように描いていく。アメリカ映画的ご都合主義でパッケージングされながら、ある程度の感動と爽快感を観客に与える形で映画は進み、それなりの幸福に包み込まれるエンディングを迎える。まさに娯楽映画といった内容だ。

その反対に『フライト』は一貫して観客を突き放す姿勢を崩そうとしない。デンゼル・ワシントンはいつまで経ってもアル中で女癖の悪いヤク中のまま醜態を晒し続ける。何度か見せる更生への希望も、ご都合主義の存在しない世界では、直視できないほどの現実にあっけなく潰されてしまう。「悪魔を憐れむ歌」が流れるなか颯爽と現れる売人は、殺伐とした雰囲気の清涼剤ではあるが、主人公の現実逃避を加速させていく。

 

 映画を監督した人物もこれまた正反対。

デビッド・O・ラッセルは『スリー・キングス』や『ザ・ファイター』などの社会風刺を入れたシリアスな作風で知られる監督。現場には監督の怒鳴り声が響き、役者と喧嘩することでも有名。

ロバート・ゼメキスは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『フォレスト・ガンプ』のような娯楽映画を得意としており、3DCGアニメーションも手がけるベテラン監督。

二人にはなんの共通点もない。強いて挙げるとすれば、それは映画界で長いキャリアを積んでいるということだ。

 

現在の映画市場はダークナイトフォロワーがいまだに溢れている。それは公開中の『脳男』を見れば分かることだ。その時代のトレンドが反映される『007 スカイフォール』もまさにダークナイトといった内容をしていた。しかし、観客はただのシリアス路線には飽きてしまっている。自覚的なのは『アヴェンジャーズ』のようなダークナイトのライバル作品だろう。また、この影響を受けたのが『TED』の大ヒットであり、昨年辺りから良質なコメディ映画が少しずつではあるが全国公開されている流れだと思っている。

『世界にひとつのプレイブック』と『フライト』は2、3年前ならシリアスな中にウィットな会話を入れただけで形になったであろう映画である。今、そんな映画は求められていない。前者は娯楽作として割り切った脚本と演出により、昔からある王道娯楽映画を再構築してみせた。後者はシリアスな中に主人公にリンクする形でヤク中ミュージシャン達の音楽をかき鳴らし、監督の力量が十分に発揮された臨場感ある墜落シーンで観客の没入感を高めていく。

一見すると正反対の映画だが、どちらも現代のニーズに合った作品を送り出そうというベテラン監督らしい安定感のある仕事ぶりが垣間見られる快作に仕上がっている。才能があり、キャリアが長い映画人ほど、安易なシリアス路線が業界の衰退に繋がることに自覚的なのかもしれない。

この二本を鑑賞したことで、前年『ダークナイト ライジング』で味わった絶望感は癒え、2013年の映画に期待が持てるようになった。